アイクリームを塗る話 


 我がハートの海賊団船長、トラファルガー・ローの特徴は色々あれど、そのうちの一つは目の下で主張する隈だと思う。聞けば幼少期からずっと消えたことがないらしい。キャプテンは普段から睡眠不足かといえばそうでもない。あの隈と死の外科医なんて異名とは裏腹にご飯ももりもり食べるし、しっかり睡眠も取る健康優良児なのだ。遺伝なのかと聞けば両親にも妹にも隈はなかったというし一体何がキャプテンに隈を作っているのか甚だ疑問だ。その疑問はやがて私に好奇心をもたらした。
 キャプテンの隈が消えたらどうなるんだろう?
 一度芽生えた好奇心は留まることを知らずドンドン膨らんでいく。見てみたい、隈の消えたキャプテンがどんななのか。
 そんな好奇心をずっと燻らせ続けた私の前に頑固な隈に! と書かれたアイクリームが現れたらつい手にとってしまうのも致し方ないと思う。幹細胞のエネルギーと肌の弾力性に活力が云々……とまあ仕組みはよく分からないが科学的な説明がされていれば効きそうに思えてくる。お値段は約一万ベリー。
 意外と高いな、くそ。幸い先日襲ってきた海賊船がお宝をたんまり隠し持っていたおかげで財布は潤っている為、買えない訳では無いのがまた悩みを増幅させる。
 たっぷり思案した結果、数時間後キャプテンの前に立った私はアイクリームを手に仁王立ちしていた。

「キャプテン、ちょっと座ってください」

 お風呂上がりのキャプテンを待ち伏せし、部屋に無断であがりこんでいた私に怒るでもなくただ「は?」とでも言いたげな顔をしている。私が突飛なのは通常運転なのにキャプテンはいつも新鮮に驚く。今は隈があるから迫力出て怖いだけで消えたらキャプテンなんて海賊なのにただの可愛い人になっちゃうんじゃないだろうか。それは身内の欲目かな。

「どうした」

 隈が消えたキャプテンを想像しながらじっと顔を見つめていたら心配させてしまったようで、額に手をあてられる。

「熱があるわけじゃないですよ」
「みたいだな、何か用か?」

 理由を説明する前に座るよう促す。キャプテンは訝しげな顔をしながらしぶしぶ座ってくれた。見下ろすキャプテンは新鮮でまた見入ってしまいそうになる。これ以上は更にしなくていい心配をかけそうなので目的をさっさと果たしてしまおうとポケットにしまっていたアイクリームを取りだした。

「キャプテン目瞑ってください」
「……その手に持ってるのはなんだ」
「アイクリームです」
「アイ……?」
「キャプテンの隈を消してくれる魔法のアイテムです」
「魔法なんかあるか」
「悪魔の実なんて意味わかんない能力持ってる人間がそれ言いますか」

 中々目を瞑ってくれないキャプテンに早くと急かしてなんとか目を瞑ってもらう。それがなんだかキス待ち顔に見えてきて、最後にキスしたのはいつだっけと余計な考えが浮かんでしまう。なんとか余計な邪心を押し込め、手に取り出したアイクリームをくるくると手のひらで温めていく。
「失礼しまーす」と声をかけてキャプテンの目の下にポンポンと塗りこんだ。最初は優しく叩く感じでその後マッサージと説明書に書いてあったのでそれに従い塗っていく。即効性ではないので見た感じ何が変わったか分からない。ターンオーバーの周期は確か二十八日だったから個人差があるにしても一ヶ月程で効果が現れるに違いない。

「まずは一ヶ月毎日させてくださいね」
「そんなにすんのか」
「勿論です」

 面倒くさそうな顔をしてるが結局は付き合ってくれるんだろう。私は隈が無くなった未来のキャプテンを想像しほくそ笑んだ。





「キャプテン」
「なんだ」
「私がクリーム塗ったあとすぐ洗い流したりしてます?」
「してねェ」
「何故」
「なんだ、流した方が良かったか」
「違います!! なんで隈消えないんですか!!!」

 一ヶ月といったが一応二ヶ月間アイクリームが無くなるまで塗り続けていた。一ヶ月を過ぎた辺りからあれ? と思いつつ見て見ぬふりをしてきた。しかし、だ。完全に消えるとまではいかなくても薄くなったっていいんじゃないだろうか。目の前には二ヶ月前と全く変わらない隈を携えたキャプテンが座っている。

「これ高かったのに……」

 恨めしい目で見たら知るかと一蹴された。ひどい。


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